自分の世界は狭ければ狭いほど楽に生きられると、よくそう思う。

「あぁ、雨降ってきた…。勢い強いなぁ、あ、雷…っ」

学校の帰り、ちょっと読みたい本があって本屋に寄った。
運悪く、本屋から家までの道で雨雷にみまわれた。
殺風景で雨宿りができるような場所もない小道で、僕の目にふと入った懐かしい公園。
あぁ、あの遊具なら雨宿りができる。

僕は公園の大きな半球状のデザインでできた遊具の中の空洞に避難する。
夏だったので白いタンクトップの上にYシャツを着込んでいるだけだった僕は、
雨による寒さに、濡れたシャツが張り付く腕をさする。
空は鉛色の雲で覆われているうえに時刻は7時を回っている。
日の長い季節のはずなのに外はもうほぼ暗闇だった。
随分と狭いはずの遊具の空洞の中でさえ、目の前は黒ばかりで何も見えない。

「た、たぶん・・・そのうち、止むよな…。」
不安そうに雲を見上げたが、地面に当たり跳ねた雨水が僕のスラックスを濡らすばかりだった。

「・・・止んでもらわないと困るんだがねぇ。」
「っ!!」
突然、恐らく同じ遊具の中だと思われる距離間から、低い声がして僕はビクリとする。
お、男?僕以外に誰かいたのか??
振り向いたが暗くて何も見えない。だが、雨音にまぎれて、そこには確かに僕以外の生き物が息づく音がした。
「あ、誰・・・?す、すみません、他に人がいるなんて気づかなくて・・・。」
少し混乱してしまい、何に対して謝ったのかさえわからない。
「おい、何か拭くものを持っているかぁ?」
「え?拭くもの・・・あ、タオル・・・。タオルならありますけど。」
「じゃあそれを貸しなぁ。・・・多少汚れても構わないだろぉ?」
「え、えぇ。別に構わないです。」

どうやってタオルを渡せば良いのかと考えていたら、いきなりタオルを強い力で引っ手繰られた。

「・・・・・。よく場所わかりましたね。もう目、なれたんですか?僕はまだ・・・」
「オレは闇が大好きでねぇ。暗闇でだって、見たいものは何でも見えるよぉ。」
「・・・すごいですね。なんか不思議な人です。」
僕がついそういうと、相手はククッと短く笑った。
「よく不気味だといわれるがねぇ。・・・貴様、さっきからどこをみて喋ってる?」
「え?・・・あ、僕まだ目なれてないんですって。だからアナタがどこにいるかわかんないです。」
声のするほうを向いているつもりが、本当は違ったらしい。
「まぁ良い。全て見えているオレからしたら、まったく変な光景だじぇ。」
サ行をいうとき、上手く呂律が回っていなく、それが子どものようでつい笑ってしまう。
そのときふと目を外にやると、暗かったが雨は止んでいた。

「雨止んだので、僕もう行きます。タオルあげますから。」
さよなら、と明るくきこえるよう別れの言葉をいい、遊具から出る。
外は雨の匂いと久しぶりの開放感に溢れていた。
僕には、ある日突然偶然に出会った人といきなり親しく交流をとるこなど到底できない。
タオルを返すから明日も会おうとか、タオルありがとうお礼に今度・・・とか、そういう面倒な展開は、予想だけで終わらせた。
お礼言われるのは普通に好きだし、貸してあげたんだから感謝くらいして欲しいっていう
普通な人間的感情もあったけど、何より、まだ知らぬ人間との交流により僕の世界を広げたくはなかった。



狭さの優越
(小さくて狭くって手を伸ばせば限界という壁を触れる。それが世界が僕の世界)